■上本町・谷町周辺 > 上町台地・谷町周辺 > 上町台地(天王寺七坂等)2 - 愛染坂〜学園坂 -

上町台地(天王寺七坂等)2 - 愛染坂〜学園坂 -

昨日の上町台地(天王寺七坂等)1 - 天王寺駅周辺〜清水坂 -に続いて、
今日も「天王寺七坂」を中心に上町台地の写真をUPしていきます。

hrks140315_64DSC_0767.jpg
今日は、写真手前の「大阪星光学院」のグランドやテニスコートの北側、
「大江神社」との間にある「愛染坂(あいぜんざか)」から北に向かって順にご紹介していきます。




uemc_31DSC_0309.jpg
「愛染坂(あいぜんざか)」
「天王寺七坂」の1つで南側から4番目にある坂道。
「大阪星光学院」(南)と「大江神社」(北)の間に位置します。



uemc_32DSC_0308.jpg
その名のとおり、坂の下り口ある愛染堂勝鬘院から名付けられた。
愛染さんの夏祭り(六月三十日)は大阪夏祭りの先駆けとして知られ、
境内の多宝塔は市内最古(文禄三年)の建造物で、重要文化財と指定されている。
大江神社には「夕陽岡」の碑があり、このあたりからの夕焼けは今も美しい。
(写真の案内板から)



uemt_DSC_0310.jpg
上(東側)から見た愛染坂



uemc_33DSC_0321.jpg
下(西側)から見た愛染坂



uemc_34DSC_0323.jpg
「大江神社(おおえじんじゃ)」(東側から)
勝鬘院(愛染さん)の西隣、愛染坂の真横にある神社で、聖徳太子によって建立された
四天王寺七宮(上之宮・小儀・土塔・乾・河堀・堀越・久保)のうちのひとつ。



uemc_34DSC_0311.jpg
大江神社から見た南側
手前の道が愛染坂。その向こうに「大阪星光学院」のテニスコートや有栖山清水寺の「舞台」、
さらに奥には、阿倍野の大阪市立大学医学部・附属病院、あべのグラントゥールも見えます。



uemc_35DSC_0314.jpg
境内の階段



uemc_36DSC_0318.jpg
東側から見た大江神社





uemc_38DSC_0326.jpg
「口縄坂(くちなわざか)」
「天王寺七坂」の1つで南側から5番目(北側から3番目)にある坂道。
左側の石碑は『夫婦善哉』など大阪を舞台にした作品を数多く残した
作家・織田作之助の『木の都』の一節が刻まれた文学碑です。
口縄坂は織田作之助が七坂の内で一番愛した坂らしいです。



uemc_38DSC_0324.jpg
坂の下から眺めると、道の起伏がくちなわ(蛇)に似ているところから、この名が付けられたという。
付近の浄春寺には、暦学者麻田剛立、画家田能村竹田、春陽軒には国学者尾崎雅嘉、
太平寺には、医家北山寿安ら、江戸時代に活躍した先人の墓がある。
また、梅旧院には芭蕉の供養碑もみられる。
(写真の案内板から)



uemc_37DSC_0327.jpg
上(東側)から見た口縄坂
深い緑に囲まれた石畳の階段が、非常に風情がありますね。



uemc_38DSC_0342.jpg
階段の下から見た口縄坂



uemc_39DSC_0341.jpg
西側、松屋町筋から見た口縄坂
階段を下りた西側は石畳の緩やかな坂道になっています。




uemc_40DSC_0330.jpg
「学園坂」
「天王寺七坂」には含まれていませんが、「天王寺七坂」にこの「学園坂」を加えて
「天王寺八坂」とも呼ばれることもある坂です。
「口縄坂」と「源聖寺坂」の間、大阪夕陽丘学園(短大・高校)の南側に位置します。

車も通れる坂道ですが、車は松屋町筋 → 谷町筋への東行きの一方通行となっています。



uemc_40DSC_0329.jpg
歩道部分を西側に向かって下って行きます。



uemc_40DSC_0332.jpg
坂の頂上付近(1つ上の写真の場所)を除いて、歩道、自転車用レーン、車道に分けられています。
写真右(北側)は大阪夕陽丘学園のキャンパスです。



uemc_41DSC_0333.jpg
「学園坂」という名前の通り、学生をよく見る気がします。



uemc_41DSC_0334.jpg
途中までは直線ですが、坂の西側、終盤に差し掛かったところで急カーブがあります。



uemc_41DSC_0335.jpg
急カーブの手前から見た坂の上(東側)
写真では伝わりにくいですがかなり急勾配です。
私もたまに自転車で通るのですが、いつもゼエゼエ言いながら上っています(笑)



uemc_41DSC_0337.jpg
急カーブはこのようなS字カーブになっています。



uemc_42DSC_0339.jpg
カーブの下から



uemc_43DSC_0352.jpg
学園坂を下りきった地点、松屋町筋との交差点「学園坂交差点」の歩道橋(今は撤去されているようです)から



uemc_43DSC_0350.jpg
「学園坂交差点」の歩道橋から見た北東側
上町台地の西側の崖線に沿って帯状に緑が連なっています。
松屋町筋(写真左側)と上町台地に挟まれた南北に細長い地域は下寺町(したでらまち)で、
上町台地の西側と共に、寺院や神社が集積しています。



uemc_43DSC_0351.jpg
1つ上の写真と同じく「学園坂交差点」の歩道橋から見た南東側
写真右端には、建設中のあべのハルカスが見えます。



uemc_44DSC_0769.jpg
写真手前に見える大きな建物が大阪夕陽丘学園のキャンパス。その手前に学園坂があります。

次回は、さらに北側、「源聖寺坂(げんしょうじざか)」からスタートです。
 
 
関連記事
306:

天王寺七坂・下寺町界隈の風景って、大阪の人でもほとんど知らないんでないかと思ってます。私も、ここ2・3年で初めて知った風景でした。もっと、みなさんに知ってもらいたいです。

2014.05.10 00:16 ぶるーばーど #- URL[EDIT]
307:

間違っているかもしれませんが上町台地は四天王寺で1400年、住吉大社が1800年、生玉神社が1800年、仁徳天皇の高津宮があり、愛染さんやその他の寺社も相当古いはず。新古今集の藤原定家の屋敷跡もある。
しかもかつては難波京があり、難波津として一大港湾があった、飛鳥・大和と並ぶ古代の超要地。
中国や朝鮮との交流は、全て難波津から出発し、迎いいれた。国の威容を見せるため、港の近くの海に面した高台に壮大な四天王寺をつくったといわれる。
上町台地を全国にPRせずに、何の歴史もない代官山(西の)として売り出そうとした阿保が大阪にいたくらいで、郷土史を教えない一律教育の弊害である。
戦前の大阪市歌には仁徳天皇のことが入っていたが、今の大阪は古代のことを無視しすぎている。

崖線は大阪の陸地が上町台地以外奈良側は河内湖、崖線より下は海ということを現代人に教えている証人のようなもので、それを知っていれば、天王寺七坂も見方が違ってくる。
天王寺区は幸村博を主催して、安居神社でイベントをしたりしており、都制で区が力を持てば、どんどんPRするのではないかと期待する。
また「大阪あそ歩」という街歩きがあり、大阪の歴史を詳しくガイドしているので興味があればいくらでも勉強できる。

2014.05.10 01:44 masa #- URL[EDIT]
310:ぶるーばーど さん

やはり大阪の人ですらあまり知られていないんですね・・。
残念というか、本当に勿体ないですね。

大阪程の近代的な大都市の都心近くにあって、
あれだけの自然や歴史を感じられる場所は そうないですし、
大阪のイメージの改善や観光客誘致という点で、本当に重要な場所だと思うんですけどね。

府や市にももっとアピールに力を入れてもらいたいですし、
マスコミにも取り上げてもらいたいですね。

2014.05.12 06:35 MIYA(@miya_osaka) #- URL[EDIT]
311:masaさん

同感です。
本来、大阪はあの日本を代表する古都であり観光都市である京都より
さらに古くから開けていた由緒ある都市なのですもんね。
でも、現状そういうイメージを持っている人は皆無でしょうし、残念ながら大半の人には
大した歴史もない、ただただコテコテで中途半端に昭和テイストな街としか思われてないでしょうね。
学校での歴史教育と、マスコミによるイメージが原因だとは思いますが、
本当に情けないというか大阪の人間として悔しい話です。。

西の代官山ですか・・。以前そういうサイトを見たことはあります。
頑張って上町台地を盛り上げていこうという意気込みはすごく感じられて好感は持てたんですが、
「西代官山」というネーミングを全面に押し出していたところは、
僕も少し引っかかりましたね。。


最近、真田幸村関連結構力入れてるみたいですね。よく見ますよ。

上町台地上にある天王寺区や阿倍野区は本当に歴史の宝庫ですし、
天王寺・阿倍野ターミナルの再開発と共に、
そういったものもどんどんアピールしていってもらいたいですね。

都構想、なんか苦戦してるみたいですけど、
なんとしても実現してもらいです。
大阪にとっては本当に大きなチャンスというか、後がない状況ですからね。

2014.05.12 06:59 MIYA(@miya_osaka) #- URL[EDIT]

管理者にだけ表示を許可する