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京阪守口市駅 2014.01(6)駅北側2(文禄堤)

京阪守口市駅周辺の特集(6)
最終回の今日は駅北側にある「文禄堤」を中心にご紹介していきます。(2014年1月撮影)

【前回記事】
京阪守口市駅 2014.01(1)東改札口・コンコース
京阪守口市駅 2014.01(2)西改札口・ホーム
京阪守口市駅 2014.01(3)駅南側1
京阪守口市駅 2014.01(4)駅南側2(京阪百貨店)
京阪守口市駅 2014.01(5)駅北側1

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「文禄堤」の途中に架かる本町橋と京阪守口市駅

京阪 守口市駅
大阪府守口市 にある京阪電車(京阪本線)の駅で、
駅周辺には商業施設やホテル、守口市民体育館などが建ち並び、守口市の玄関口となっています。
快速急行・急行・準急・区間急行・普通が停車し(通勤快急・深夜急行・通勤準急は通過)、
ほぼ終日に渡って、快速急行・準急等の速達列車と各駅停車列車との接続が図られています。
一日の乗降人員は43,152人(2011年度)。

駅の構造としては、京阪本線の複々線区間に位置する高架駅で、ホームは島式2面4線。
3層構造になっており、1階が商業施設「エル守口」、2階が改札口・コンコース、3階がホームとなっています。
改札口は、北東側の「東改札口」と南西側の「西改札口」の2ヶ所が設けられています。
1階の「エル守口」をはじめ、駅構内にも様々な商業施設が入居している他、「京阪百貨店」とも直結しています。
駅構内についての詳細は、公式HP内の駅構内図(PDF)をご覧ください。


※守口市
大阪府の北河内地域に位置し、大阪市の鶴見区や旭区に隣接しています。
大阪市の衛星都市ですが単なるベッドタウンではなく、日本を代表する大企業
パナソニック(隣の門真市とまたがって)や三洋電機(現在はパナソニックの完全子会社)の本社、
また、その2社の下請け企業も多く立地し「電気の街」として発展してきました。
人口は約14万8千人。昭和46年(1971年)の18万8千人をピークに、その後減少傾向が続いています。



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東改札口の北側、駅前広場から北西に伸びる道路に一見歩道橋のような陸橋が見えます。




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近くに行ってみると、それは歩道橋ではなくどうやら上は道路になっているようでした。
高低差好きということもあって、一体どういう状態になっているのか非常に気になったので、
ちょっと調べてみることにしました。





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昨日の京阪守口市駅 2014.01(5)駅北側1でご紹介した桜通商店街
この通りの撮影をした時に左側に気になる坂道があったのですが、その先に答がありそうです。




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とりあえず坂道を上ってみることに。




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坂道の上には桜通商店街と平行するように走る道路がありました。




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坂道の上の道路
上町台地の小さい版のようなものでしょうか。
帯状に伸びる小高い丘がありその上を道路が走っているようです。




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一旦北東側に進んでみます。




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賑やかな駅前商店街から1本入っただけなのに街並や雰囲気がガラッと変わって、
かなり落着いた感じの通りです。

時間がないので引き返します。



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桜通商店街からの坂道との合流部分に戻ってきました。
さっき下から見た陸橋に続くであろう方向、南西側に進んでみます。




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やはり陸橋らしきものが見えてきました。
写真右側は「守口ミッドサイト文禄ヒルズ ザ・タワー」のエントランスのようです。
丘の上の通りに面すしたこの部分は2階部分になりますが、
広い道路に面する1階部分は商業施設や駐車場の入口になっているようです。




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いよいよ陸橋が近づいてきました。




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やはり先程下から見た陸橋です。「本町橋」となっています。




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橋の横に案内板を発見しました。




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どうやら、この帯状の小高い丘は「文禄堤」(ぶんろくつつみ)という人工の堤のようです。
伏見城と大坂城を結ぶ最短距離の道として、文禄5年(1596年)豊臣秀吉によって整備されたもので、
堤防上の道は「京街道(大坂街道)」と呼ばれていました。
元和2年(1616年)頃には東海道の57番目の宿場として「守口宿」が整備されたということです。

堤の長さは約27kmあったらしいですが、度重なる淀川の改修工事でほとんどは姿を消し、
この辺りは、唯一現在でも当時の面影をしのぶことができる貴重な文化財らしいです。



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「本町橋」
「文禄堤」を貫通させて造られたであろう下の道路との高低差がよくわかります。




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「本町橋」上から見た南東側 守口市駅 東改札口方面




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逆側 「本町橋」上から見た北西側




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下の道路の北西側から見た「文禄堤」と「本町橋」




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「文禄堤」上をさらに南西側に行ってみます。




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しばらく行くと、また橋が出てきました。




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「守居橋」となっています。




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「守居橋」上から見た南東側
守口市駅西改札口の北側にある京阪守口ビルが見えます。

右側の階段で下の道路に下ります。



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階段の途中から見た「守居橋」




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階段の下から見た「守居橋」




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一つ上の写真では分かりにくいですが、
別角度から見ると「文禄堤」の断面がよくわかります。

この「守居橋」も「本町橋」同様、「文禄堤」を貫通する道路を造った際に架けられたものだと思われます。



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「守居橋」のさらに南西側はこのような感じです。
時間の関係でこれ以上行きませんでしたが、まだもうしばらく「文禄堤」が続くようです。



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「文禄堤」周辺にはこのような風情のある階段や坂道もあちこちに見られ、
高低差や坂道好きにとってはかなり楽しめそうなところですし、またゆっくり訪れたいと思っています。


6回に渡ってご紹介してきました「京阪守口市駅 2014.01」
これで終了です。


※京阪本線は北東←→南西にかけて「/」のように、やや斜めに走っていますが、
駅北東側の改札口が「東改札口」、南西側の改札口が「西改札口」となっていることから、
便宜上、東西に走っていると見なし駅の南東側を「南側」、北西側を「北側」と表現しています。
 

 
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