道頓堀 2015.0108

 
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「道頓堀橋」から見た道頓堀川と「戎橋」
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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リニューアルされた6代目グリコの看板を中心に
この日は風が弱かったのか道頓堀川の水面にネオンが綺麗に映っています。
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」から見た北側 
心斎橋筋商店街、長堀通方面
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」から見た心斎橋筋商店街
(2015年1月8日 24:00頃撮影)

この先、心斎橋筋商店街(戎橋〜長堀通)、心斎橋筋北商店街(長堀通〜順慶町通)、
せんば心斎橋筋商店街(順慶町通〜本町通)と区間によって商店街名は変わっていきますが、
戎橋から本町通まで約1.5kmに渡って連続したアーケードが続いています。
(戎橋から南側の南海なんば駅まで続く戎橋筋商店街も合わせると
約2kmに渡ってアーケードが続いています。)




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「戎橋」から見た南側 
戎橋筋商店街、千日前通、南海なんば駅方面
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」南東袂
アサヒスーパードライの看板の下は「かに道楽」本店となっています。
「TSUTAYA EBISUBASHI」看板の大型壁面も目を引きます。
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」南西袂
時間が時間だったので消えているものも多いですが、グリコをはじめカラフルな看板が並びます。
記念撮影の超定番スポットです。
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」南詰
「十日戎」が始まる前日だったこともあり、この日は「戎舞台」が設置されていました。
(2015年1月8日 24:00頃撮影)





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「戎舞台」
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎舞台」
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「戎橋」「戎舞台」の由来
戎橋の橋名の由来は、そもそもこの橋が、今宮戎神社への参詣の道筋に架けられたことから、
「戎橋」の名が付けられたものです。
江戸時代には、毎年の十日戎に、市中の人々は皆この橋を渡って、戎さんに詣り、
往き帰りの群衆で橋上は大へん賑わいました。
この戎舞台は、今宮戎神社と戎橋の、往昔からのこうした深いつながりに因んで、
毎年一月十日の「十日戎」の祭日に、この場所に仮設される古例を復興したものです。

※今宮戎神社や「十日戎」についての詳細は、
今宮戎神社「十日戎」2015.0111 (1)境内編
今宮戎神社「十日戎」2015.0111 (2)周辺編
をご覧ください。




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「戎橋」から見た戎橋筋商店街
(2015年1月8日 24:00頃撮影)

戎橋筋商店街
南海なんば駅の高島屋前から「戎橋」まで約370mに渡る商店街。
心斎橋筋商店街と共に、「世界最大級の繁華街」と言われる「ミナミ」の中心的な商店街です。
南海なんば駅から本町通まで、心斎橋筋と連続して約2kmに渡ってアーケードが続きます)

■商店街の沿革(公式サイトから)
 船場や島之内から「十日戎」にお参りする道筋として、
また芝居町・道頓堀の行き帰りに楽しめる街として賑わい、
17世紀中頃から幕末にかけて商店街が形成されました。
 明治時代に入ると、日本最古の私鉄・旧阪堺鉄道(現南海電鉄)難波駅(1885)が完成、
御堂筋線難波駅の開通とともに高島屋難波店が開業(1932)、戦後は大阪球場開設(1950)、
近鉄難波駅開通と地下街虹のまち(現なんばウォーク)(1970)が開業するなど、
なんばターミナル地区が大きく発展します。
 なんばシティ(1978)、アメリカ村や長堀、南船場、堀江地区へと繁華街が拡大する一方、
伝統的なミナミ中心部の地盤沈下が顕著になり、郊外の商業地との競合が強まる中で、
通行客も徐々に減少傾向となりました。
 平成に入り、道頓堀川水辺整備事業(2005〜)、なんばパークス、東宝南街会館の建替えにより、
なんばマルイと関西有数のシネコン・TOHOシネマズなんばの開業(2006)、
新しい戎橋の架け替え完成(2007)、阪神なんば線開通(2009)、
南海ターミナルビルの再整備と髙島屋大阪店の増床(2010)などの都市再生が進みました。
 戎橋北詰にH&M戎橋店が出店(2010)、その後は戎橋筋~心斎橋筋の南北動線に
カジュアルファッション店の集積が進みました。

■なんば遊覧ムービー(公式サイトから)
世界最大級の繁華街ミナミ。そんなミナミの花道、戎橋筋商店街を動画でご紹介!
 



実は今回初めて戎橋筋商店街の公式サイトを見ましたが、
戎橋筋をはじめ「ミナミ」についての歴史や観光情報等が詳しく紹介されていて、
なかなかおもしろいサイトだったので、興味ある方はぜひ一度ご覧ください。
http://www.ebisubashi.or.jp/





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「戎橋」南詰から見た「道頓堀通」東側
(2015年1月8日 24:00頃撮影)




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「道頓堀通」
(2015年1月8日 24:00頃撮影)


道頓堀界隈、平日・木曜日の 深夜でも結構な人通りや活気があって、
さすがという感じですね。

道頓堀 2015.0108 以上です。
 
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477:

私のような地方在住者には貴重な写真です。
何十年もこんな夜の12時の道頓堀、心斎橋、戎橋は見たことなかった。道頓堀の人混みは当然だが、心斎橋すごいね。昔の記憶では暗くて人はいず、御堂筋のタクシー乗り場か、心斎橋より堺筋側 飲み屋街の通りしかいなかったと思うが。
店が開いていない心斎橋や戎橋商店街を何のために歩いているのか、不思議だ。地下鉄に乗るためだろうか。
それにしてもすごい人、まさに世界最大級の歓楽街で、外国人には繁華街としては日本で一番人気なのもわかる。
私は東京にも住み、大阪、神戸、広島他あちこち住んだが、繁華街としてはミナミが一番わくわくする。
経済は沈下しても街としては、梅田も、ミナミも、天王寺・阿倍野も超巨大化して、進化している。
不思議な街大阪はやはり日本一魅力的な街である。

※道頓堀にH&Mは違和感がある、夜はネオンをつけて道頓堀仕様にするよう商店街組合が申し入れるべき。
大阪に必要なのはプライドだろう、京都のように。
但し、プライドが少ない分おもてなし精神は日本一で外国人のリピート率の高さになっている。
明治の大阪はプライドが高く、外国人に大阪流儀を押し付け、居留地が川口から神戸へ移転したらしいから、そこそこでよいのかも。
でも道頓堀の夜には明かりが絶対必要。

2015.01.14 10:44 masa #- URL[EDIT]
478:masaさん

masaさん
道頓堀界隈は平日の夜でも本当に人が多いですね。
最近は海外からの観光客らしき人も多くて賑わっているようですね。
やはりああいうわかりやすいスポットは人気が出るんでしょうね。
このブログでは、そういういわゆる「ベタ」なところはあまり扱ってこなかったんですが、
あの界隈のすごさを改めて再認識している今日この頃です。

ドリカムの曲じゃないですが、それこそ昔は夜の堺筋の千日前や道頓堀付近なんかは
本当に端の方の1車線以外はタクシーで詰まってしまっているような光景もよく見ましたが、
最近はそういうのはあまり見ませんが、また違った活気が出てきているようですね。

僕も東京を含め日本の繁華街をいろいろ見てきましたけど、
難波・心斎橋・日本橋周辺のいわゆる「ミナミ」は、
面的な広がりで言えば間違いなく日本最大でしょうね。

> 経済は沈下しても街としては、梅田も、ミナミも、天王寺・阿倍野も超巨大化して、進化している。
> 不思議な街大阪はやはり日本一魅力的な街である。
同感ですね。


> ※道頓堀にH&Mは違和感がある、夜はネオンをつけて道頓堀仕様にするよう商店街組合が申し入れるべき。
そうですね。個人的にはキリンプラザがなくなったのが残念でしたが。
あそこの本当にいろんな展覧会を見に行きましたし、格好いい建物だったんですけどね。


> 大阪に必要なのはプライドだろう、京都のように。
> 但し、プライドが少ない分おもてなし精神は日本一で外国人のリピート率の高さになっている。
> 明治の大阪はプライドが高く、外国人に大阪流儀を押し付け、居留地が川口から神戸へ移転したらしいから、そこそこでよいのかも。
今までの大阪というのはプライドと敷居の低さがちょうどいい感じだったのかもしれませんね。
しかし、マスコミの影響や東京一極集中による経済の停滞からか、
ここ最近はちょっと自虐的になり過ぎてる気がしますね。

2015.01.15 14:29 MIYA(@miya_osaka) #- URL[EDIT]

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